人生をメチャメチャにされないために
6月4日、17年前に4歳の女児が犠牲になった足利事件の犯人とされた菅家さんが、犯人でなかったことがわかり、釈放されたニュースが報道されました。インタビューで、菅家さんは、「人生をメチャメチャにされました。警察や検察官に謝ってほしいです。」と言われていました。「ああ、ここにも、犠牲になった人が、また一人・・・。」と、悲しみとも怒りともつかない思いがこみあげて来ました。私が知っているだけでも、「人生をメチャメチャにされた」に違いない人たちには、薬害エイズ・C型肝炎などの薬害、アスベストの被害、水俣病・カネミ油症などの公害、拉致被害、原爆被害の方々などがありますが、加えて、この頃増えている犯罪や事故による被害などのニュースに触れるたびに、人生をメチャメチャにされた人たちや家族が、慟哭し、悲しむ姿が見えるようで、私は、怒りでいっぱいになります。
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上に書いたさまざまな被害によって、被害を受けた本人は、生涯背負わなければならない、押しつぶされそうな重荷を強いられることになり、気持ちや身体面の負担が大きくなることは、長女を見ていても明らかですが、被害を与えた側にとっても、結果的にみれば、賠償や服役など大きな負担を伴うことは、すでに明らかになっているのではないでしょうか。どちらの側にとっても、プラスになることは何もないのです。被害者は、そんな無駄なことのために、かけがえのない人生を棒に振らなければならないのです。本来の人生は、どんなことをしても、もう戻ってこないのです。長女を見ていると、一生懸命積み上げていた積み木を、誰かが、ふとした出来心で、一瞬のうちに崩してしまって通り過ぎ、長女が、その残骸を再び積み上げるために四苦八苦しているようで、何とも痛々しいです。
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数日前の「クローズアップ現代」という番組で、「抗うつ薬の副作用で犯罪に走る」ことが、取り上げられていました。アメリカでは5年前に起きた事件をきっかけに、因果関係が明確にならなくても、その副作用の危険性が公表されていたにも関わらず、日本では、この頃になって、ようやく発表されたということです。番組で、専門家は、その理由について、「日本では、慎重に調べて、因果関係が明確にされなければ、公表しないという体質があるからでしょう。」というようなことを言われていました。薬害などについて、慎重に調べることは望ましいことかもしれませんが、もし本当に被害を及ぼす薬の場合、調べている間に、被害者が次々に増えていくことが推測できます。確かに、人間は完璧ではありませんから、被害を及ぼすような薬を作ることもあるでしょう。そんな場合でも、被害者を最小限度にするために、被害事実の報告だけは、公表されるような仕組みを作っていただけたらと思います。患者に薬を投与する場合、その薬の副作用の事実や可能性について、まず医師が知らせ、その薬の服用については、患者が決めるような仕組みができる事を希望します。これ以上、薬で「人生をメチャメチャにされた」人を出さないために。
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